僕が20代後半で田舎で暮らす理由
KGです。
いきなりですが、
僕が住んでいる南阿蘇村は、”村”というだけあって、田舎です。
車がないと生活できひんし、
買い物に行くのも街に比べると時間がかかるし、
夜開いている飲食店も少ないです。
それでも僕が田舎に住むのには、理由があります。
そしてもともとのきっかけは、
休学してバックパッカーに出てから
”田舎で暮らす”ことがテーマになったことでした。
都会か、田舎か
「自分は将来何がしたいんやろう」と漠然と考え続け、
大学を休学して旅に出て。
「これや!」と思える答えが何か見つかるだろう、
そう思って1年過ごしましたが、結局明確なものは見つからなくて。
ただ、一つ確信に迫ったこと。
「田舎で暮らす」
旅中、都会も田舎もいろんな場所で過ごして、
都会はどこも朝から晩まで人が多く、刺激的な場所やったけど、
自分が気に入ったところや居心地がいいなと感じる場所は、
素朴な暮らしが今も残っていたり、景色がきれいだったり、
草木の香りが直に感じられるところでした。つまり田舎です。
日本でも外国でも、田舎での生活を垣間見る機会があって、
一緒にちょっと生活させてもらったりして、そこで感じたこと。
「この人たち、自分の力で暮らしてる…!」
都会に比べればモノもすぐ手に入るわけじゃないし、
食べ物も自分で作ったり、ちょっとの用事が一日遠出になる、
何かと不便な部分も多いと感じる場所ですが、
その分、自分たちで生活を作っている、生きている感じがした。
お金以上に価値のある生きていく技、術がある。
食べ物は自分で作ってそれを食べる(狩猟とかもそう)、
家具は家具屋が近くにないから自分で作る、
機械が壊れてもとりあえず自分で直す。
みたいな感じで、「自分でやる」っていうスタンスがあって。
それが当たり前で。
「めっちゃこの人たち暮らしてる」と思った。
生きる”自力”みたいなものを感じた。
どれだけお金を稼ぐ力があったとしても、
生きる自力は比例するわけじゃないと思った。
じゃあ、自分は?
服作れる?家建てれる?食べ物作れる?狩りできる?
何ができるの?ただ会社に勤めてお金稼ぐの?
…
自分の手で「できる」ことを増やしたい、そう思って、
田舎で生きてみたいと思いました。
実際とこれから
京都を離れて丸5年、今の所、特に田舎での不自由さを感じることはありません。
近所の人から野菜おすそ分けしてもらったりすることもあるし、
空気も水もきれいやし、庭で畑できるし、焚火してても近所迷惑にならへんし、
隣と距離があるから音楽大音量で聞けるし、夜は星がきれいやし、信号少ないからスイスイ移動できるし。
あと何より年齢が若いってことが大きいです。それだけで歓迎してくれる。
近所の人に引っ越しのあいさつに行ったときに「若い男の人がいると防犯にもなるしありがたいわ」って言われて、
これはもはや若さの特権やなと思いました。
なので特に現時点で離れるつもりもありません。
ただこの先、
年老いて車の運転もままならないようになったりとか、
病院に頻繁に通う必要がある状況になってきたりすると、
都会で生活する必要も出てくるのかなとは思います。
多分老後になればなるほど嫌でも都会的な利便性が必要になってくるんじゃないかと思うんです。
年齢とともに体力の衰えもあるやろうし。
もしかしたら自動運転とかAIが進んで、都会に住む必要性もなくなるのかもしれませんが、そうなったらもうけもん。
「老後は田舎でのんびり」みたいな言葉がありますが、
むしろ今若いうちに田舎に住むっていう、
ある意味の「逆算の選択」
の方が合理的な気がします。
僕は都会が嫌いなわけではありません。
地元の関西や関東をはじめとする都会に友達もいるし、
たまに遊びに行くと田舎にはない「非日常感」にテンション上がるし、
めっちゃ刺激的で楽しいです。夜遊びも好きです。
ただ、「どこでどう暮らしたいか」を考えると、
「田舎がいいな」と思うだけです。
自然は、都会からすればお金を払って味わう”贅沢なもの”ですが、
田舎からすれば生きていく上で向き合う必要のある”日常のもの”です。
街は、都会からすれば日々を生きる”日常のもの”ですが、
田舎からすればお金を払って味わう”贅沢なもの”です。
”贅沢なもの”にするか”日常”にするのか。
ただそれだけの違いではないでしょうか。
あなたは、「都会」か「田舎」か、
どちらが心地いですか?